仙台ぐらし(伊坂 幸太郎)

浅見家の本棚




仙台ぐらし/伊坂 幸太郎

『せっかく仙台に出張に行くのならば、その道中は伊坂幸太郎さんの本を読まなければならない!』
そのような思いの下、先週の仙台出張に臨んだ私。

このブログでは、伊坂幸太郎さんの新刊『フーガはユーガ』を持っていく旨の記事を書きました(『今週は出張ウィーク』)。
しかし、実はそれと一緒に用意した『仙台ぐらし』という本の方を、先に読み終えました。

作者は同じく伊坂幸太郎さんではありますが、本書は小説ではなくエッセイ集。
東日本大震災について触れる内容もあり、同じくあの災害を経験した私としてはあの日、あの時、伊坂さんは何を感じたのかが気になるところでした。

今回は、そんなエッセイ『仙台ぐらし』を要約します。

タクシーが多すぎる

伊坂さんによると、仙台市の人口一人当たりのタクシー台数が日本一とのこと。
これはタクシーの車内で実際に運転手の人から聞いたということで、まんざらデタラメでもなさそうなデータです。



一口に『タクシー運転手』といっても、多種多様。
本作には以下のようなタクシー運転手が登場し、伊坂さんと軽快なトークを繰り広げます。

・不景気を嘆く運転手
・”ゲラ”という言葉はフランス語だと豪語する運転手
・バブル期に、もっと貯金をしておけば良かったと後悔する運転手
・好きな映画について力説する運転手
・昔の恋人が客として乗ってきた女性ドライバー
・運転しながら携帯で話しているドライバーを通報しようと、自分も携帯を手に取る運転手

最近では、タクシーの運転手が被害を被る事件も増えてきていますが、そんな中でも、実に様々な人達が今日も私達を目的地まで運んでくれています。

見知らぬ知人が多すぎる

自慢話ではないのですが、私は道を歩いていると道を尋ねられることが少なくありません。
ですが…この本を読んでいると、伊坂さんは私以上に街中で見知らぬ人に声をかけられるそうです。

具体的には、以下の通り。

・パーティー企画で、サクラ用の男性写真を撮る女性
・喫茶店でパソコン使いを褒めてくる夫人
・ホストの外見で、時計やボールペン、計算機、ぬいぐるみを売りつけてくる男性

面白いのは、話しかけてくる人のほとんどが伊坂さんを伊坂さんだと思わずに話しかけてくること。
声をかけられる度にサインや握手の準備をするものの、その心配は杞憂に終わるという、なんとも可愛らしい伊坂さんの仕草が垣間見える、『見知らぬ知人が多すぎる』でした。

消えるお店が多すぎる

伊坂さんの執筆場所は、『仙台の街中の喫茶店』というのはあまりにも有名な話です。
ただし…執筆をする位ですから、あまり騒がしいお店は好ましくなく、伊坂さんが通うお店は『比較的空いていて、隠れ家的』なお店。



しかし…そのようなお店が長きに渡って経営を持続できるわけもなく、行く店行く店が閉店していくというのです。

このタイトルのもう一つの主役は、伊坂さんの母校である東北大学の食堂メニューに名を連ねていた『ミルクコーラ』。

あまりに気になり過ぎて、母校を久しぶりにおとずれるのですが…『ミルクコーラ』は今もなお健在だったとのこと。
イメージしにくい味ですが、いつか機会があったら私も飲みに行きたいと思います。

機械まかせが多すぎる

伊坂さんが執筆に使っていたパソコンが壊れてしまうことから、このタイトルはスタート。

伊坂さんに限らず、現代人はパソコンやスマートフォンに依存しているので、メインで使用しているデバイスに不具合が見つかった場合、仕事や日常生活に支障をきたすのは間違いありません。

また、このタイトルの中では車の購入についてもエピソードが披露されています。
『機械は信用できない』という理由で、マニュアルの軽自動車を探し始める伊坂さんでありましたが、当初の希望とはかけ離れたオートマのコンパクトカーを購入するに至ってしまいます。

ずうずうしい猫が多すぎる

仙台の自宅に居座ろうとしている猫の話。
しかもこの場合は、ただ居座るだけではなく伊坂さん宅の庭をトイレと認識しているようだからタチが悪い。

しかし、ここで回想シーンがカットイン。
かつて千葉の実家で飼っていた猫の思い出が蘇り、どうしても猫を怒る気になれない伊坂さん。
『勝手に居座られて、ある日突然子猫を沢山産まれてしまうよりはマシか…』と、割り切るラストが印象的でした。

心配事が多すぎる

このタイトルには、深く同意せざるを得ません。
私自身も非常に心配性なタチで、ちょっとしたことでも考え過ぎてしまうことが多々あります。



『車や玄関のカギはちゃんと閉めただろうか?』
『娘は事故に遭うことなく、学校に辿り着けただろうか?』
『こんな言い方したら、相手は怒るんじゃなかろうか?』等々…

今をときめく人気作家、伊坂幸太郎さんもどうやら心配事が尽きないご様子。
そのスケールは、私など比べようもない程に壮大。

その悩みの一部を順に挙げていくと…

・宮城県沖地震
・ヒーローショーの中に、本物の悪役が混じっている?
・『ミステリー小説』を書いているという理由で、殺人事件の容疑者にされてしまうのでは?
・北朝鮮のミサイルが自分の身に及ぶのでは?

伊坂さん曰く『要するに、今の平穏な状態が壊れることが漠然と怖い』とのこと。
当時騒がれた『宮城県沖地震』は、『東日本大震災』という別の形で発生してしまいましたが、他の心配事については杞憂に終わることを心より、お祈りしております…。

映画化が多すぎる

いつからでしょうか?
優れた小説やマンガを原作にした映画が、世に溢れ出すようになったのは?

その中でもとりわけ、伊坂さんの作品は、実写化・映画化されることが多い印象です。

『ゴールデンスランバー』然り。
『重力ピエロ』然り。
『アヒルと鴨のコインロッカー』然り。

タイトルは『映画化が多すぎる』といった形ですが、伊坂さんはクレームを付けているわけではなく、常に感謝の姿勢。

『自分が作った野球部の後輩達が、甲子園に出たような気持ちです』
(本文より引用)

峩々温泉で温泉仙人にあう

これまで紹介した『多すぎる』シリーズとは打って変わって、一気に旅情色が強くなる章。
タイトルにある『峩々温泉』とは、宮城県柴田郡川崎町にある温泉。

旅館の案内冊子には『何もありません』と書かれていますが、これこそが何よりの自信の裏返し。
旅館の人達も、皆さん控えめで素晴らしい人ばかり。

編集者さんと現地を訪れた伊坂さんは、温泉を極めたような温泉仙人と遭遇。
気持ちが良い人ばかりの峩々温泉の秘密について、何か知っているのかもしれないと考えるのでした。

いずれまた



最後っぽいタイトルですが、そうではありません。
本章エッセイが書かれたのは、東日本大震災直後の2011年4月。

時期も時期のため、復旧工事に入った仙台駅の描写からスタート。
ブルーハーツの歌詞に倣った、

『この地震でへこたれるために、今まで生きてきたわけではないのだ』
(本文より引用)

というセリフが、心に響く。

震災のあと

前章『いずれまた』と同じく、2011年4月に書かれたエッセイ。

東日本大震災の起きた2011年3月11日のあの時、伊坂さんは仙台駅東口にある某喫茶店にて執筆中だった模様。

どうにかこうにか自宅へ帰り、家族と合流。
食糧・物資難の中、近くのスーパーへ買い出しに行ったり、停電中のエピソードを中心に描かれています。

同時期、仙台の街中は他県ナンバーの車が数多く走っていたようです。
県外から支援に来て下さった方々に感謝し、震災から一カ月は色々なことで泣いた…とのこと。

震災のこと

2011年8月執筆。

震災後、伊坂さんは『小説を書けなくなるかもしれない』と悩んだようです。
ですが、東京電力福島第一原発事故に代表されるように、『情報は僕を救ってくれない』。

それならば、『小説を読んでいた方が、よほど豊かな気持ちになれるのではないか?』と考え、再び執筆活動を再開することを決意。

今、私達が伊坂さんの作品を読めるのは、このような背景があったからなのだと痛感した次第です。

keep going,and keep doing what you’re doing…keep dancing.
(今やっていることを、やり続けなさい)

ブックモビール

本書最後に添えられている『ブックモビール』というタイトルは、エッセイではありません。
石巻市で実際にボランティア活動をしている2人がモデルとなった、短編小説です。

『ブックモビール』とは、直訳すれば移動図書館。

一時期、私も仕事で移動図書館に乗っていたことがありました。
なかなか街中の図書館に行くことができない人に本を届ける。
目立たないようで、素晴らしい仕事だと思います。



図書館職員として勤務していた当時を思い出しながら、純粋に楽しく読むことが出来た小説です。

面白い小説を書く作家さんというのは、やはりエッセイを書いてもお上手。
伊坂さんという一人の人間性も垣間見ることが出来ましたし、何より仙台に向かう途中に読み進めたので、いざ現地に到着した時には

今もこの仙台のどこかで、伊坂さんが小説を書いているかもしれない…

と、思わず喫茶店巡りをしたい衝動に駆られてしまいました。
伊坂幸太郎さんの新作の『フーガはユーガ』は絶賛発売中!!

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