僕たちのゲーム史(さやわか)

浅見家の本棚
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僕たちのゲーム史/さやわか

先日、日本を代表するゲーム『ドラゴンクエスト』が33周年を迎えました。
5月27日のことで、ニュースをはじめとする様々なメディアに取り上げられたのは記憶に新しいところです。



娯楽であるはずのゲームが、ニュースで取り上げられる…。
それほど、現代を生きる私達にとってゲームは身近な存在となりました。

今回紹介する本は、さやわか氏によって執筆された『僕たちのゲーム史』。
『ボタンを押すと反応する』という不変の部分と、変化をし続ける『物語の扱い方』…本書を通して、日本のゲームがどのような歴史を歩んできたのかを振り返ってみましょう。

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第一章 スーパーマリオはアクションゲームではない

ねんアクションゲームの代名詞『スーパーマリオ』。
しかし、当時はアクションゲームではなく、『ファンタスティックアドベンチャーゲーム』として発売された。
80年代は、アクションゲームが飽和状態。
これまでとは違う『謎』が求められ始め、『裏技』ブームはその影響であり、『ゼビウス』は、本書のテーマである『物語性』と併せて大ヒットした。

日本のゲームは『スーパーマリオ』によって可能性が広がり、奥深さが追求されることとなった。
そして、物語性を追求したロールプレイングゲームやアドベンチャーゲームが主役となっていった。

第二章 僕たちは誰を操作しているのか

・アドベンチャーゲーム(ADV)…冒険ゲーム
・ロールプレイングゲーム(RPG)…役割を演じるゲーム
当初、RPGはマニア向けの要素が強いジャンルだった。
物語を体験し、自分の分身を駆って冒険する『ドラゴンクエスト』が堀井雄二さんによって作られ、RPGはより身近な存在となっていった。



第三章 物語をシミュレートする

『信長の野望』で知られる、光栄(コーエー)のシミュレーションの定義。
『物理的あるいは抽象的なシステムをモデルで表現し、そのモデルを使って実験を行うこと』
光栄は、シミュレーションを幅広く捉えて展開。
作品の多くは、歴史上の人物を演じながら物語を進める(史実通りとは限らない)ものである。
90年代に入ると、新ジャンルであるシミュレーションRPGが本格化。
代表的存在なのが『ファイアーエムブレム』、物語性の高さとキャラクターの成長が取り入れられ、現在まで続く人気シリーズとなった。

第四章 体感と対戦

90年代、ゲームセンター市場が縮小した3つの原因。
①風営法による規制
②家庭用ゲーム機の躍進
③不況の影響

①風営法による規制 への対応

店内を明るくし、規制外の大型筐体を数多く導入することでイメージを刷新。
これまでとは違う顧客層を獲得することに成功した。

②家庭用ゲーム機の躍進 への対応

大型筐体は、家庭用ゲーム機にはない『体感』という差別化ポイントを生み出した。
『ストⅡ』の登場で、対戦モードが人気となり、その後は『ぷよぷよ』などのパズルゲームにも広がっていった。

③不況の影響 への対応

93年頃からゲーム業界は不況となり、整理淘汰が進んだ。
※ただし、不況はゲーム以外のメディアにも影響した。
家庭用ゲーム機が躍進を続け、主役の座が移行していった。
それでも、既に触れた通りの取組みを行うことで、一定の顧客を確保。
ゲームセンターは生き残ることとなった。

第五章 CD-ROMの光と影

ゲームが際限なく多様化していく中で、業界は次世代機戦争へと突入。
この争いは、『CD-ROM』と『ポリゴン』という2つの新技術を巡る攻防となった。
大容量、安い、流通簡便のCD-ROMを擁して次世代機戦争を制したのはソニー。
弱点とみられていたロード時間はプレイヤーにとって問題ではなく、日本のゲームは変化をしていった。

第六章 終わりの/と始まり



97年は、日本ゲーム史の区切りの年。
ゲームの『変化する部分』と『物語をどう扱うか』の分水嶺となった。
ノベルゲームの本格化と、『ファイナルファンタジー7』の誕生もこの年。
国内ソフトの売上も減少に転じた97年。
インターネットの台頭によりゲーム雑誌も売れなくなっていったが、同人ゲームは注目を浴びるようになった。

第七章 楽しみはゲームの外にある

90年代後半からは、『コミュニケーション』を取り入れたゲームがヒット。
『ポケットモンスター』は内容は勿論だが、プレイヤー同士のゲーム外にあるコミュニケーションを満たしたことで、累計1500万本を超える大ヒットを記録した。
同じ頃に登場した音ゲーや同人ゲームも、『コミュニケーション』を取入れ流行。
プレイヤー達は、ゲーム外も込みで作品を楽しみようになっていった。

第八章 あたらしい一人称

日本ゲーム史の最終局面を考える上での、2つのポイント。
・海外のゲーム動向
・ネットワークを利用したゲーム
日本と違い、海外ではFPS(ファースト・パーソン・シューター)が人気。
その要因の一つが『MOD』であり、これはゲーム内容をプレイヤー達が書き換えて楽しむというもの。
これまで、日本ではゲームをネットで販売するという環境が整備されなかった。
しかし、プレイヤー達は攻略情報も含めてネットを活用し始め、それがオンラインゲームの台頭へと繋がっていった。



第九章 『別世界』から『現在』へ

『現実の世界を離れ、別の自分や人生や体験する』MMORPGが人気を集めたが、短時間で気軽に遊べるカジュアルゲームへとプレイヤーの志向へ変化。
ニンテンドーDSやWii、モバゲーはそんな背景の下、登場した。
カジュアルゲーム路線にシフトすることで、任天堂と日本のゲームは復活。
特に海外での売上が目覚ましく、物語性を必要としないカジュアルゲームの存在が大きなものとなった。

以上が、『僕たちのゲーム史』の大まかな要約でした。

日本のゲームは、『スーパーマリオ』『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』等の業界を代表する作品の登場を経て、少しずつその姿を変えていきました。



もはや、ゲームは現実と切り離された別世界ではなくなりました。
物語やグラフィックの追求、ゲーム外でのコミュニケーション、ゲームセンターの努力、次世代機戦争、ネットの台頭…その全ての結果が、現実世界に寄り添う現在の身近な姿です。

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