1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365 #15

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1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365/デイヴィッド・S・キダー 他

有名な話ですが、今でも私達が使っている『スパルタ教育』とか『スパルタ指導』といった言葉は、今回のテーマである国家としての『スパルタ』に由来しますね。



ただし…その『スパルタ』は、私達が使っているイメージよりも更に過酷で、時には命の危険すらも存在する厳しい訓練の連続だったとか。

本書にも記載されていますが、当時のスパルタの兵士達にとっては『戦争に行った方が楽だ!』と考えていた者がとても多かったようです。
このことから、スパルタが当時の世界最強軍団だっというのも納得です。

戦士
戦士

当たり前じゃねーか!!
こっちの普段の訓練の方が、よっぽど死人が出てるんだぞ!!

他の国と戦ってた方が、何倍もマシだ!

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【歴史】スパルタ対アテネ ~古代世界の覇権争い

スパルタは、ギリシア南部の険しい山中にある小都市で、古代世界で最も恐れられた軍隊を擁していた。
スパルタの兵士は、生まれたときから血を吐くような訓練で鍛えられていた。
だから、古代ギリシアの都市国家どうしがほぼ絶え間なく血なまぐさい抗争を繰り広げる中、戦闘で負けたことは一度もなかった。
この優秀な軍隊を作るため、スパルタの長老たちは、子どもが生まれると、その子に弱いところや欠点がないかを検査した。
強い兵士になれそうにないとされた赤ん坊は谷に落とされた。
検査に合格した者には、過酷で厳しい訓練が待っていた。
ギリシア人の歴史家・文筆家プルタルコスによれば、スパルタ兵の多くは戦場に行くことでホッとしたようだ。
『スパルタ人にとっての実際の戦争は、厳しい訓練に比べれば休息も同然であった』と書いている。
(21ページより引用)
軍事国家であるスパルタと、民主政治を行っていたアテネ。
この2つが、古代ギリシアを代表する国家であった。



当然アテネの方では、哲学や美術、化学などの分野で数々の文化が花開く。
アイスキュロス(劇作家)や、哲学者のアリストテレス、プラトン、ソクラテスは、アテネの黄金時代を作った。
学者
学者

アテネで多くの文化が育ったのは、当然です。

スパルタでは時間の全てを厳しい訓練に費やしていたのですから…。

戦士
戦士

哲学が何だ、美術が何だ!!

トロトロしてる奴は、グラウンド1000周だー!!

対ペルシアを目的に連携協力をしたことはあったが、紀元前550年~前350年の約200年間、アテネとスパルタは覇権を巡って互いに争いを続けた。
(ペロポネソス戦争)



両国の争いに終止符を打ったのは、フィリッポス王の指導の下で成長したマケドニア王国による侵攻である。
以後、スパルタをはじめアテネやその他の諸国もマケドニアに屈していった。
(メガロポリスの戦い)
戦士
戦士

俺達は自分の強さを証明するために、ムチに打たれた回数を競ったりしてたんだぜ!

凄いだろ!?

学者
学者

………。

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