1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365/デイヴィッド・S・キダー 他
後程触れますが、今回のテーマとして取り上げるソクラテスは自身が書いた著作が何も残っていないことで有名な人物です。
弟子であったプラトンの記録に依るところが大きく、この点ではお隣である中国の孔子と大きく似ているかもしれませんね。
『何を残すか』よりも、『何をしたか』ということに重きを置いた結果なのでしょうか?
それとも、自分の名を広めようということに興味を持たなかったのか?
彼の功績や逸話に目を通していくと、恐らく後者の性格が強かったのではないかということが推測されますね。
現在も使われている『ソクラテス式問答法』は、弟子達に対して厳しい質問をしていた彼の手法がベースになっているのだとか。
…そ、そんなものがあったんですか…。
今時の若い人がソクラテスの弟子だったら、次の日から姿を消しちゃいますよね、きっと…。
【哲学】ソクラテス
ソクラテス(紀元前470~前399)は、西洋哲学の創始者だと広く考えられているが、著作は何も書き残していない。
ソクラテスについては、他の人々が書いたことから間接的に知ることしかできない。
哲学者という知的なイメージの強いソクラテスだが、若かりし頃はアテネの兵士として戦場で数々の軍功を挙げていたことで知られる。
その後ソクラテスは、国中の若者に対して…
『自分には知っているものは何も無い。もし私が他人より賢いとすれば、それは己の無知を自覚しているからだ。』
と、いわゆる『無知の知』について説いて回った。
ソクラテスは自身の著作を残しておらず、功績については弟子のプラトンの記録に基づいており、その考え方は、彼の初期の頃であると推測されている(プラトンの対話篇)。
『プラトンの対話篇』において、ソクラテスは同じアテネ市民との対話を通し、相手が実は何も知らない無知の状態であることを次々に証明していく様子が記されている。
そんなソクラテスの最後は、処刑による死であった。
若者を惑わせた疑いで裁判にかけられた際に、『自他を吟味しない人生は生きるに値しない』と主張するものの、結局は有罪になってしまった(紀元前399年)。
死の詳細について書かれているのも、やはり『プラトンの対話篇(ソクラテスの証明)』。
彼は死の直前まで、友人らと哲学の議論を続けていたと言われている。
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