亡き内田康夫さんを偲ぶ、記念すべき一冊(南紀殺人事件/内田康夫)

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南紀殺人事件/内田康夫

こんにちは、久しぶりの書評記事を投稿させて頂きます。
今回紹介する本は…『南紀殺人事件』、著者は【浅見光彦シリーズ】でお馴染みの内田康夫さんです。

既に何度かお話したことがありますが、私のハンドルネーム(浅見ヨシヒロ)にある”浅見”という名字は、内田康夫さんが生み出した名探偵・浅見光彦を敬愛していることから拝借しております。

そんな【浅見光彦シリーズ】をはじめとする内田作品を愛する私が、本書『南紀殺人事件』に出会ったのは今年の夏。

『ん?内田さんの作品だけど、見たことないタイトルだな…。まさか未発表作品か!?』と、中身をよく確認もせずに購入してしまったわけですが、家に帰って読み始めてみるとどうにも様子がおかしい。

どうおかしいのか?
それを今回の記事で紹介していこうと思います。

著者紹介

本書の著者であり【浅見光彦シリーズ】の生みの親でもある内田康夫さんですが、皆さんもご存じのとおり既に3年前の2018年にお亡くなりになっています。

内田さんは、いわゆる”旅情ミステリー”の第一人者としても知られています。
前述の【浅見光彦シリーズ】が代表作でありますが、その他のシリーズを含めると内田さん作品の累計発行部数は1億部を超える…とのこと。

では、内田さんの経歴に目を移してみましょう。
実に有名な話ですが、内田さんが作家としてデビューしたのは40代。

正に遅咲きと言ってもいい年齢です。
それまで内田さんはサラリーマンやコピーライターとして経験や実績を重ね、その後は広告会社を経営していたそうです。

そして運命の46歳の時…自費出版をした『死者の木霊』という作品をきっかけに作家としてデビュー。
以降、【浅見光彦シリーズ】を始めとする数々の名作が世に生み出されることとなりました。



『南紀殺人事件』の構成

まず触れておかなければならないのは、本書の形式について。
タイトルこそ『南紀殺人事件』となっていますが、実は長編ではなく3つの短編作品によって構成されており、その舞台が紀伊半島…という内容になっています。

本書に掲載されている短編は、以下の3つ。

①『還らざる柩』
②『鯨の哭く海』
③『龍神の女』

この3つの短編は、後に加筆修正を経て出版される作品の原作…という位置づけ。
①『還らざる柩』と③『龍神の女』は、1991年に『熊野古道殺人事件』にまとめられて出版。
②『鯨の哭く海』は2001年に同タイトルにて、改めて出版されました。

ほぼ全ての【浅見光彦シリーズ】を読んでいる私にとって、冒頭に感じた違和感とはタイトルに対する既視感だったのであります。

生まれ変わって出版された『熊野古道殺人事件』と『鯨の哭く海』の主人公は…お約束の浅見光彦。
一方、本書に掲載されている原作の主人公は、大学教授の和泉直人という人物です。

主人公が違うこともあり、『熊野古道殺人事件』と2001年版の『鯨の哭く海』を読んだことがある方でも十分楽しめる内容になっています。

南紀殺人事件(『還らざる柩』)のあらすじ

今回は3つの短編の内の1つ、『還らざる柩』のあらすじについて簡単に紹介します。
ネタバレにならないように努めますが、これから『南紀殺人事件』を読む…という方は念のためご注意願います。

既に何度も名前が出ていますが、『還らざる柩』の主人公は大学教授の和泉直人。
物語は、和泉が教授仲間の松岡という人物から『補陀落渡海』に関する相談を持ち掛けられるところから始まります。

ここで急に現れた『補陀落渡海』というキーワードは何でしょうか?
wikipediaには、『補陀落渡海』について以下のとおり解説が書かれています。

この行為の基本的な形態は、南方に臨む海岸から行者が渡海船に乗り込み、そのまま沖に出るというものである。
その後、伴走船が沖まで曳航し、綱を切って見送る
場合によってはさらに108の石を身体に巻き付けて、行者の生還を防止する。
ただし江戸時代には、既に死んでいる人物の遺体(補陀洛山寺の住職の事例が知られている)を渡海船に乗せて水葬で葬るという形に変化する。
※wikipediaより引用

解説に目をとおすと分かると思いますが、要は生きた僧侶を舟に乗せて海に漂流させる…捨身業といったところでしょうか。

具体的な相談内容は、松岡が指導する学生達が『補陀落渡海』を実行しようとしている…というもの。
松岡は『何か事故でも起こりはしないか…』という不安を抱き、和泉に同行を求めてきます。

もちろん何も起きないわけはなく、和泉や松岡の目の前で『補陀落渡海』を実行した人物のうちの1人が不可解な死を遂げてしまいます。

和泉は事件に関わっていく中で、ある人物を犯人と断定。
その人物に、真実を突き止めたことを告げるのですが…。



『南紀殺人事件』を読み終えて…

本書において主人公を務めるのは、和泉直人(大学教授)。
和泉は浅見光彦のように名探偵ぶりを発揮して犯人を捕まえるわけではありませんし、そもそも他の推理小説のように本格的なトリックが登場するわけでもありません。

実際に『還らざる柩』において、和泉は真犯人を突き止めることに成功。
普通の推理小説であれば最後に刑事が登場して真犯人を逮捕する…という結末を迎えがちですが、和泉は事件の解明を告げるのみで、それ以上のことはいたしません。

推理小説好きな方にとっては、その結末が物足りなく感じることでしょう。
しかしながら…内田康夫さんの描く”旅情ミステリー”の魅力は違ったところにあると思います。

”旅情ミステリー”というジャンルの作品は、実際にその土地を旅行した気分にさせてくれます。
そして何より…新型コロナウイルスの影響によって思うように観光ができない今、余計に旅情というものをかき立ててくれる存在でもあります。

内田康夫さんという偉大な作家が亡くなってから、今年で3年が経ちます。
当然ながら現在の私達は過去の内田作品を読むことしかできませんが、その中でも『南紀殺人事件』に掲載されている3つの短編は主人公が浅見光彦ではない珍しい作品です。

既に述べましたが、『還らざる柩』と『龍神の女』の2作品は主人公を浅見光彦に据え、『熊野古道殺人事件』というタイトルで1991年に出版されました。

また…『鯨の哭く海』はタイトルこそ同じですが、やはり【浅見光彦シリーズ】として2001年に出版されました。
この機会に読み比べてみるのも、良いのではないでしょうか。



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