『陸王』/池井戸 潤
日本を支えているのは、実は中小企業。
現在、日本における中小企業の数はどの位だと思いますか?
我が国の『事業所・企業統計調査』によりますと、日本に存在する中小企業の数はおよそ380万社だとか。
380万社なんて言われても、ピンと来ないんですけど…
380万社。
確かに、この数だけを聞いてもぼんやりとしたイメージしか涌かないですよね。
でも、これって実は物凄い数字なんです。
テレビなどで頻繁にCMを流しているような大企業がありますよね。
それら大企業は会社の数から見るとほんの一握りなんです。
日本にある全ての会社の、なんと9割以上が先程挙げた約380万社の中小企業なのです。
つまり…誇張でもなんでもなく、この日本という国は中小企業によって経済が支えられているということが言えます。
大企業はその豊富な資金力やネームバリューを持って大きな顔をしていますが、その事業の多くは中小企業が受け持つ下請け業務や造る製品等によって、初めてその経営が成り立っているのです(勿論、その大企業の子会社も沢山あるでしょうが)。
本書の舞台は埼玉県のとある老舗の中小企業
本書『陸王』は、埼玉県のとある中小企業が舞台になっています。
その会社の名前は『こはぜや』。長年足袋の製造をしている、老舗の中小企業です。
会社経営といえば、真っ先に『売上を上げていく』と考えがちです。
勿論それは間違いではないですし、売上が会社経営の生命線とも言えますが実際はさらに複雑です。
例えば、中小企業が大企業に対して製品を納めてもすぐにお金がもらえるわけではありません。
何日か後に売上金が振り込まれたり、小切手を渡されるケースがほとんどです。
ですが中小企業からしてみれば、製品を作るには材料を他から仕入れたり、機械を動かしたり、従業員さんを雇って給料を支払わなければなりません。
つまり、出費は待った無しです。
であるにも関わらず、大手企業からの売上はすぐに入ってこない。
その間に、会社を保つためにはある程度のお金が必要なわけで、これを資金繰りといいます。
売上を上げつつ、常に今ある現金・預金を把握し、支払い関係をショートさせずに会社を動かせていく…。
『陸王』は現代日本の中小企業やものづくりの現場が凝縮された内容でありまして、『経営を維持する』という何気ない会社の営みの難しさを教えてくれます。
人口減少や少子高齢化、我々消費者の生活スタイルの変化など、特に中小企業の皆さんは考えなければならないことがそれこそ山ほど存在します。
特に『こはぜや』で製造している足袋などは、それこそ作中では斜陽産業と言われているものです。中小企業ならではの強みを活かし、大企業とは違った戦略でこれからの時代を生き抜いていかなければなりません。
フィクションとはいえ、中小企業を経営されている方におかれましては『本当に毎日ご苦労様です。』としか言いようがありません。
もう一つの舞台。それはランナーによる競争社会。
また、本書においては『働く・経営する』ということだけではなく、『走る』ことについても考えさせられました。
ドラマ化されたこともあってストーリーをご存知の方は多いと思いますが、『こはぜや』は足袋だけを作っていては立ち行かないと判断し、やがてランニングシューズ作りに乗り出します。
ランニングシューズを作るにあたり、それを履く選手の要望を取り入れるなど日夜様々な試行錯誤を繰り返していくのですが、そういった企業側の視点だけではなく選手側の視点も知ることができます。
普段テレビで見ている駅伝やマラソンの選手達が、自分の競技人生だけではなく企業の広告も背負って日夜走り続けています。
競争成績が良ければチヤホヤされますが、不調に陥ったり大きなケガをしてしまったらすぐさま使い捨てにされる可能性もあります。
そのような過酷な事実があることに、同情を禁じ得ませんでした。
これから冬を迎え、年が明ければ毎年恒例のニューイヤー駅伝や箱根駅伝が待っています。
そんな大会を見る目が変わる一冊でございました。